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福岡高等裁判所 昭和26年(う)2437号 判決

控訴人 被告人 内田三代次

弁護人 諌山博

検察官 山本石樹関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金七千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対し公職選挙法第二五二条第一項の規定を適用しない。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人及び弁護人諌山博の各控訴趣意は同人等の各提出にかかる控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここに之を引用する。

被告人及び諌山弁護人の各控訴趣意第一点(事実の誤認又は法令の適用の誤)に対する判断

先づ、原判示(1) のビラの頒布について、

論旨は本件ビラは「予て早期単独講和、日本の再軍備、外国軍隊の駐屯を唱え第三次世界大戦の火付役を自ら買つて出ようとする自由党その他の国内保守派は、今次の地方選挙に際し、ますます露骨になる人民的デマ、民主勢力への中傷政策の遂行と、労働者を中心とする愛国勢力の分裂攪乱を強化しつゝあつた情勢下に、日本の真の民主化、自主権の恢復、全世界との平和親善を目標とし、そのために全国の労働者を中心に、農民、智識人、学生、進歩的市民に、反帝国主義、反フアツシヨ、反戦の独立と平和の一大民主民族戦線の結成強化は革新政党としては最高にして唯一の正しい当面の政策であり、絶対不可欠の任務であつたので、今次の地方選挙において、具体的政策上の統一を見ていた他候補との戦線の統一は急務中の急務であつたに拘らず、佐賀市においては、三人の県議定員に対して十三人の立候補者があり、保守、進歩共に無原則の濫立という態で、かくては革新陣営からの各候補共倒れのおそれがあるのみならず、惹いては、労働者階級を中心とする進歩的民主勢力の戦線の分裂を露呈しつゝあつた。そこで、日本共産党は、その一拠点佐賀市において当面の戦線統一と将来の禍根を絶つため予て政策上平和と独立の点で一致を見、且つ自由党候補小林氏と同じ教育者出身である北島政身を推す労農党と共同戦線を張るべく小林氏の立候補を辞退せる北島候補に統一支持することとなつた」趣旨を記載したのが、その全容であつて、政党の当然なさねばならず、且つなしつつある日常不断の政治的信念、政策を弘布する文書乃至は事に当つての所信の表明をそのまま報道するニユースであり、特定の候補者に当選をなさせることを目的としたものではないというのであるが、選挙運動のために使用する文書は苟も選挙運動のために使用されるものであれば、それを使用することが主たる目的であろうと又は附随の目的であろうと総て公職選挙法第一四二条第一項によつて之が頒布を禁ずる趣旨である。従つて「政党その他の団体等が日常不断の政治活動として文書によりその政治上の主義、政策を宣布し又は時局に関する批判を表明すること等を主たる目的としたものであつても之に附随して、特定選挙における特定候補者に当選を得べく投票を得るに付直接又は間接に有利な行為換言すれば当選を得るためにする意思を直接又は間接に表示し掲載するときはその文書は選挙運動のために使用したものであつて、かゝる文書を頒分することは前記法条に違反するものとしなければならぬ。そこで原判決挙示の証拠に徴すると被告人は昭和二六年四月三〇日施行の佐賀県議会議員選挙に際し、原判示日時場所において選挙人である広滝登外数十名の事務机の上に「全面講和運動ニユース号外一九五、四、二七」と題して「世界平和と日本民族独立のために革新陣営から県議を一名だけは送るために小林(共産)立候補を辞退す」との見出しの下に、日本共産党佐賀地区委員会は二七日小林公認候補を辞退させるとともに次の如き声明を発した「すぐる佐賀市長選挙において優勢を誇つた自由党すいせんの深町氏は民主党のすいせんする小野氏に敗退した(中略)われわれはこの勝利の上にたつて更に知事、県議戦を闘う、佐賀市から売国自由党を叩き出さなければならない。しかるに佐賀市の県議戦の現状はどうか三名の定員に対し保守九、革新四名と見られている。われわれはこの中から革新候補を一人だけは是非共当選させなければならないが革新候補を乱立したままで闘つては自民両党に独占されることは火をみるより明かである。(中略)そこでわれわれとしては小林氏をあくまで押したてて共に相争うおろかさをすて、同じく教育者出身である北島候補(労農党すいせん)に勤労市民を一本に結集させることが勝利の唯一の道であることを確信しこの際小林候補を辞退させるのである。われわれは佐賀市の労働者農民勤労市民一切の愛国者が世界の恆久平和と日本民族の完全独立のために佐賀市民の安全と幸福のため、全面講和と再軍備反対、戦にのぞむ北島候補に結束するよう全力を注ぐものである」と記載した「ビラ」を原判示(2) の「ビラ」と共に合計百枚位を配布して頒布した事実を認めることができるので、仮令所論の如くビラ配付の主たる目的が日本共産党が日常不断に唱導して来た全面講和と再軍備反対という政治上の主義政策の促進実現のために革新陣営との共同戦線の結成強化を一般民衆の間に宣布徹底せしめることにあつたにせよ、革新陣営から出た立候補者の共倒れをさけ同陣営から県議一名だけは送るために自党公認候補者小林を辞退させ、政策を同じくする労農党推薦の立候補者北島政身を当選せしむべく全力を注ぐというのであるから、旁々被告人は北島候補に当選を得しめるために、このビラを前示数十名の選挙人に配付することにより選挙人に訴え志を同じくする者の同候補への投票を期待したものと言わざるを得ない。して見ると、本件ビラは選挙運動のために使用する文書であるというに妨げなく、之が通常葉書でないことは一見明瞭であるから、原判決が被告人の本件ビラの頒布行為を公職選挙法第一四二条違反に問擬したことは相当であつてこの点は理由がない。又被告人は原判示(1) のビラは「全面講和挙国運動協議会佐賀準備会」が同協議会発足の昭和二六年一月中旬以降全面講和と再軍備反対の趣旨を強調し民衆に対する宣伝教育の任を負うて発行する「全面講和運動ニユース」という題号を待つ同会の機関紙であつて、同機関紙の記者が日本共産党公認県議候補者小林氏の立候補辞退のニユースをそのまま又は編集者において多少評論を加えて即刻号外を以て佐賀市内に報道したもので民主報道機関の当然のニユース提供に過ぎないからこの報道及び評論の自由は同法第一四八条第一項の明文上許容するところであり、憲法第二一条によつても保障されておるのであると主張する。しかし一般に新聞紙又は雑誌とは、一般民衆に頒布することを目的とし且つ一定の題号を以て定期的に発行されるものをいうのであるから、仮に所論のように原判示(1) のビラが「全面講和運動ニユース」という一定の題号を有する週刊発行の前記「全面講和挙国運動協議会佐賀県準備会」の機聞紙で一般民衆に対する全面講和と再軍備反対の趣旨宣伝教育のため頒布されるものであるとすれば、一応新聞紙というのに妨げないのであるが、公職選挙法第一四八条第一項にいう新聞紙又は雑誌は同条第二項に「販売業者」という文言を使つている点から考えると、有料で頒布されるものでなければならないのであつて、本件の全面講和ニユースの如く選挙目標のために発行し無料で頒布されたようなものは、同条にいう新聞紙又は雑誌の中に含まれないものと解するの外はないから、本件の場合は同法条の保護を受けないと言わなければならぬ。そして選挙運動は、できる丈自由且つ活溌に行われ以て選挙人をして誰が最も適した候補者であるかを知らしめることが要請せられるであろうが、反面に又選挙運動は公平且つ均等に行われなければ、金力又は権力ある者が有利な条件の下における無制限な運動により、容易に当選し、金力はなくとも識見裕かにして、選挙人の真に代表たるにふさわしい人物が当選し難いという傾向を馴致するであろう。これでは公平で正しい選挙とは言えないから、政治の代議制度を認める以上、選挙の公正な施行ということは、公共の福祉というべきである。従つて、憲法第二一条による言論出版その他の表現の自由の保障も、選挙運動に関する限り、ある程度之を制限することは、同法第一二条第一三条の容認するところであつて、表現の自由の無制限なることを前提とする所論には到底賛同することができない。以上の次第で、原判決には所論のような事実の誤認や、法令の適用の誤はないから、論旨は総て理由がない。

次に原判示(2) のビラの頒布について、

成る程本件押収に係る日本共産党佐賀県委員名義の知事と県議の「選挙で戦争と売国の自由党を叩き出せ」と題する「ビラ」を見ると、所論のように専ら知事及び県議の選挙において共産党が兼て唱導して来た全面講和と民族独立の声を反映させなければならないという政治上の意見を述べたまでであつて、特定候補者の落選をねらい、又は特定候補者の当選を意図したものではなく、従つて、選挙運動に使用する文書とは言えないようではあるが、その末尾記載の「全面講和で知事県議を当選させろ」という文書及び被告人自陳の如く原判示佐賀県知事選挙に立候補した鍋島直紹及び同県議会議員選挙に立候補した労農党推薦の北島政身が、何れも政見上全面講和の点において、共産党の政策と一致していたことと、原判決挙示の証拠により認められるように被告人により選挙の切迫した時期に、このビラが選挙運動用文書である原判示(1) のビラの頒布と同一機会に同一場所において、右選挙の多数選挙人に頒布せられた事蹟とを考え合せると、被告人はこのビラの配付により佐賀県知事候補者鍋島直紹の氏名こそ表示していないが暗に自己所属の日本共産党と主義政見を同じくする同候補者に当選を得しめるため、佐賀市役所勤務の多数選挙人に同候補者への投票方を呼びかけたものと認めざるを得ない。して見ると、本件ビラも亦原判示(イ)のビラと同じく選挙運動のために使用する文書と言うに妨げない。そうして選挙運動に関する限り法律による言論表現の自由のある程度の制限が憲法上許容せらるることは、原判示(イ)のビラ頒布について説示したところで自ら了解せらるるであろうから、ここに再説しない。それ故論旨は総て理由がない。

控訴趣意第二点(量刑の不当)について

記録を検討し犯罪の動機、態様、性質等諸般の情状を考慮するときは原判決の科刑は重きに過ぎ、量刑不当であるから、論旨は理由がある。そこで、刑事訴訟法第三九七条に従い、原判決を破棄した上更に同法第四〇〇条但書を適用して、次のように自ら判決する。

原判決挙示の証拠によれば、原判示犯罪事実は総て認めるに足りるので、該事実並に証拠をここに引用することにし、該事実に対する法令の適用を示せば、左の通りである。

公職選挙法第一四二条第一項第二四三条第三号(所定刑中罰金選択)刑法第一八条(換刑処分に付)、公職選挙法第二五二条第三項第一項(選挙権被選挙権の不停止に付)刑事訴訟法第一八一条第一項(訴訟費用に付)

仍て主文のように判決する。

(裁判長判事 筒井義彦 判事 川井立夫 判事 桜木繁次)

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